Published: 2025-09-30 12:10

尾上右近、33歳の挑戦者が狐になって教えてくれること──「錦秋十月大歌舞伎」は10月1日に東京・歌舞伎座にて開幕

10月1日（水） から東京・歌舞伎座で「錦秋十月大歌舞伎」が上演される。通し狂言『義経千本桜』に出演する尾上右近が見どころを解説する。

【写真を見る】Aプロでは清元栄寿太夫として立唄を、Bプロでは右近として狐忠信を演じる

「歌舞伎座で主演、すごいですよね」

快活に話す尾上右近を前に、私は思わず声に出してしまった。目の前の尾上右近は、にこりと笑って「ありがたいことです」と頭を下げた。33歳。歌舞伎界ではまだ若手と呼ばれる年齢で、10月の歌舞伎座『義経千本桜』で佐藤忠信と源九郎狐の一人二役を演じる。

『義経千本桜』──1747年に初演された、歌舞伎三大名作のひとつだ。源平合戦後、兄・頼朝に追われる義経の逃避行を描きながら滅んだはずの平家の武将たちが実は生き延びていたという着想を絡ませた壮大な物語。なかでも「狐忠信」の場面は、江戸時代から現代まで、観客の涙を誘い続けてきた。親子の情愛という普遍的なテーマを、狐という異類の存在を通して描く──この逆説的な構造が、280年もの間、日本人の心を捉えて離さない。

しかもだ。彼は七代目清元栄寿太夫でもある。清元節──江戸後期に生まれた浄瑠璃の一派で、歌舞伎の伴奏音楽として発展した語り物──も語る。400年の歴史で初めての二刀流。どちらか一つを極めるだけでも一生かかる芸能を、両方やってのける。

「偏らないっていうことが自分のなかでは大事なんです」

右近はさらりと言うが、これがどれほど異常なことか。

「見てもらえれば、何でもいい」

映画『国宝』が記録的ヒットになって、歌舞伎への注目が高まっていることについて聞いた。歌舞伎役者の生き様を描いたこの作品は、歌舞伎の舞台裏や役者の苦悩をリアルに描き、観客動員100万人を超える大ヒットとなった。

「とてもありがたいことです。僕は歌舞伎をまず見てもらうことが最も重要だと思っているんです。歌舞伎をやる上で、とにかく一人でも多くの人に観てもらいたい。だからきっかけは映画でも漫画でも何でもいいと思ってて、どんな入り口でも本当に嬉しいです」

舞台で行われる歌舞伎ではなく、映画で歌舞伎が注目されたことに対しての嫉妬とか、ないのだろうか。

「それはないです」

即答だった。

「映画を作られた方々に感謝です、よくぞあの大作をやってくれたみたいな感じですね」

この懐の深さだ。「俺たちの方が本物なのに」と思ってもよさそうなものだ。でも右近は違う。入り口は何でもいい、とにかく歌舞伎座に来てくれれば──その一心だという。