Published: 2025-06-27 20:11

井上尚弥「ボクシングが好きでなければ、もう辞めています」

井上尚弥を直撃！ 米ラスベガスのタイトルマッチを終えたばかりのモンスター、絶対王者が語るボクシング愛とは？

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7年ぶりに生で見るモンスターの顔は、あまりにも綺麗だった。米ラスベガスでWBA1位のラモン・カルデナス（米国）を破ったタイトルマッチから10日、取材クルーは（若干の期待も含めて）多少の生傷を覚悟していたのだが、カメラの前に立つチャンピオンは”事件”を忘れさせるほど端正なマスクで撮影に応じている。

生傷を覚悟したのはご存知の通り、5月4日のカルデナス戦、2ラウンドに井上がキャリア2度目となるダウンを奪われたからだ。井上が打ち込んだ左フックをかわしてカルデナスが放ったカウンターの左フックが顔面を直撃。井上は腰から崩れるようにダウンした。「今回はガチンと当たっている」と関係者が語るように、それなりのダメージを負っていたのは明らかだった。

ところで、井上は2024年5月6日のルイス・ネリ（メキシコ）戦でもダウンを喫しているのだが──勝ったことよりもダウンしたことがニュースになる──あまりにも強過ぎるプロボクシングのスーパーバンタム級4団体統一王者は、今、そんな存在なのである。その証拠に「なぜダウンしたのか？」を考察する記事がメディアに溢れていたほどだ。

冒頭で「7年ぶり」と書いたが、記者は2018年に25歳だった井上尚弥の試合を東京の大田区総合体育館で観戦している。王者のジェイミー・マクドネル（英国）を倒して3階級制覇に成功した、あのWBA世界バンタム級タイトルマッチ以来の対面だ。

衝撃の112秒TKO。相手は、近代ボクシング発祥の地からやってきた、10年間無敗の王者だった。

タイトル奪取直後、「これがボクシングです！」とマイクで叫んだ井上はコーナーに駆け上がって喜びを爆発させた。凄いものを目撃してしまった──リングサイドから見上げた記者は、興奮で膝がガクガクと震えたことを今でもはっきりと覚えている。

狭い控え室で行われた記者会見では、“黄金のバンタム”のベルトを巻いた25歳の3階級王者が語る「夢みたいですね。（バンタムの日本の過去の王者は）レジェンド、偉大な方ばかりです。まずスタートラインに立てた。これは誇りに思いたい」というコメントを、1メートルの距離で訊いている。そういえば、あの日も、井上は試合直後とは思えないほど綺麗な顔をしていた。

あれから7年。2025年6月現在、井上の通算戦績は、30戦30勝無敗27KO。WBAスーパー・WBC・IBF・WBOスーパー世界バンタム級統一王者。世界4階級制覇王者。WBSSバンタム級優勝。アジア人初、史上2人目の2階級4団体統一王者。世界でもっとも権威あるアメリカのボクシング専門誌「ザ・リング」が格付けする「パウンド・フォー・パウンド」ランキングにおいて、日本人としてはじめて1位の評価を受けた。さらに、世界戦でのKO勝利数を77年ぶりに上回る23勝を達成するなど、塗り替えた記録を数え上げたらキリがない。用意した資料をもとにそれを伝えると、チャンピオンの反応はあまりにも素っ気なかった。

「何も思わないです、記録に関しては。記録にこだわってボクシングをしているわけではないですから。記録を更新したからといっても、何か思うことはなくて、あくまで通過点の1つでしかない。記録に関して思うところはないですね」

記録には何も意味がないと言い切るが、ここまで登り詰めてしまった王者がモチベーションを保つことは容易ではない。

「モチベーションは、次がどういう記録がかかるというところにはありません。ただボクシングが好きだからこそ、ここまで追求できる。ボクシングが好きでなければ、もう辞めています」

好きだから継続できる──ボクシングに限らず、偉大な先人たちも口にしてきた常套句ではあるが、その境地にたどり着いたのはいつなのだろうか？

「昔からです。ボクシングをはじめた頃からずっと。中学、高校、思春期、青春期というものを乗り越えられたのは、ボクシングが好きだから。好きじゃないこと、きついことをここまで続けるのはたぶん無理です。それはどのスポーツ、どの業界でも一緒じゃないですかね。結局、そう思うんです」

とはいえ、30を数える連勝街道を突き進む中で、難しい場面はあったはずだ。

「考え込む性格ではないので、落ちこんだりということはないですが、ボクシング歴の中であげるとすれば、2019年のスコットランドでの試合の前かな。スランプというほどではないんですけれど、試合に向けてうまく気持ちと体が一致しない時期がありました」

この遠征とは、2019年5月、英国スコットランド・グラスゴーで行われたワールドボクシングスーパーシリーズ「WBSS」の準決勝。井上はIBF世界同級王者エマヌエル・ロドリゲスと対戦した。戦前は事実上の決勝戦との声も多く聞かれたが、プエルトリコ人王者を相手に、終わってみれば、2回1分19秒でTKO勝利。井上の圧勝劇だった。まさか、その試合に向けて不調に陥っていたとは。

「その時はいったんボクシングから離れました、スパッと。今振り返ればわかるんですけど、体の疲労であったり、感覚のズレだったり、そういうものがあったんです。そういう時はボクシングから距離を置く。距離を置くといっても、10日間ジムに行かないという程度。その間もほかのトレーニングはしていました。一回気持ちをリセットする。それくらいでしたね」